「いいぞ」を待ってる犬の姿勢で

佐藤ゆうこ の 短歌のことをかく ページ です

(感想)いてうた2016

泳二(@Ejshimada)さんが企画・製作している「いてうた 2016」を読みました。いくつかの歌について感想を書いてみます。()内は作者名です。まだまだ短歌の感想を書くのに拙い部分があるかと思います。そういった箇所があればご指摘いただけると、柴犬は喜びます。

 

射手座Twitter短歌企画 いてうた 2016

 

 

それぞれの軌道をもつてガス灯をめぐる羽虫がこんなにも星(塾カレー)

 

羽虫のことをこんな風にみたことがなかったのですごく新鮮。
「こんなにも星」という終わり方が残す余韻が好きです。
虫の動きってぼやーっと眺めて模様のように見て「気持ちわるいな」って
思って終わることが多いのに、作者は「それぞれの軌道」ってくらいに
じっと見つめていて、そのまなざしが優しいな…と思う。

 


言葉とは断絶なりや空を求むバベルの塔は数限りなく(泳二)

 

バベルの塔って神話のなかではいくつあったんでしたっけ。
一つだったような。
言語が一つでないがゆえに空に届かない塔というニュアンスよりも
言葉というのはもともとすれ違いをおこす原因にもなる
がゆえに塔が競い合うようにいくつも立ってしまう、というイメージ。
諦観した感じと塔の数を上から眺めている感じがクールだけど切ない。

 


お宙からおとりよせした星屑の
オマケとしてのドライアイス(なな)

 

会社で隣の席のおじさんが一番気に入っていた一首。
「星屑はケーキなんかな!?うまそうやなぁ!」とのこと。
ドライアイスを保冷剤でイメージした様子。
地学には詳しくないですが、地球より寒い惑星だとドライアイスが地表にあったり
するですよね。たぶん。そしたら、惑星間の通販(貿易?)ができたら
それをこういう風に使うのかもしれない…。いいな…。

 


流星を探して首を痛めつつ涙のあとのきらきら星よ(大西久季)


上を向いて歩こう」が流れる感覚。
流星群観察に寮の屋上で粘った日がありましたが、確かにこれ首痛い…!
涙のすじと流れ星のすじが重なる感じがして好きです。
「つつ」での「きらきら星」への繋がりがどう受け取ったら正解なのか…
「あと」が「後」か「跡」かできらきら星の指すものが変わりそう。

 


午後9時の約束だけど流星に乗り遅れたのでごめん遅れる(柚木緑)


チャットモンチーでこういうポップな曲があったような。
「流星」が恋人(もしくは弟)の漕ぐ自転車の愛称だったら可愛いな。なんて。
素直にSFにとっても面白い。どっちにとっても物語が個々人で作れそうな気がする。